古くから公家や武家、神社仏閣などで用いられてきた「古式畳」。四角、六角、八角、丸型などさまざまな形状のものがあり、雅やかな柄の布地で縁取りされているのが特徴だ。古式畳を昔ながらの手法で今も作り続けている香川県伝統工芸士・黒田幸一さんの作業所を訪問し、製作風景を見せていただいた。
<取材・写真・文/鎌田 剛史>
気品と愛らしさあふれる伝統の「古式畳」を作り続けて。
香川県さぬき市を走る幹線道路から少し山間へと入った集落に、小さなプレハブ小屋がぽつんと立っている。屋号が入った看板は雨風にさらされて文字がすすけており、かなりの年季が入っている。見た目と手触りから相当な年代物であることを感じさせる木製の大きな引き戸をガラガラ開けると、香川県伝統工芸士の黒田幸一さんが出迎えてくれた。
「黒田畳店」は黒田さんの祖父が創業。父は店を継がなかったため、黒田さんが2代目になる。「私が職人として働き始めたころは、畳の製作はすべて手縫いでしたが、少し後から機械で作るようになりました。あれも当時から今までずっと使っているものです」と、こぢんまりとした作業場に鎮座する薄緑色の機械を見つめる。祖父からは機械による畳の作り方だけでなく、手作りのイロハも教わったという。そこで身に付けた技術の一つが「古式畳」だった。
平安時代から公家や武家、寺社などの格式ある空間づくりに用いられていた有職畳は、四角、六角、八角、丸型など形やサイズがさまざま。京都から香川にも伝わり、古式畳という呼び名で寺院や茶席などで使われるようになったといわれている。古式畳で目を引くのが趣向を凝らした布生地を使った鮮やかな畳縁。畳縁の柄が格式の高さを表すとされ、西陣織など高級な布が使われることもあるという。また、畳表にイグサを使い、肌触りと柔らかさに富む畳に仕上げているのも特徴で、見た目の気品と美しさはもちろん、使い心地のよさも兼ね備えている。
古式畳は大きさや形がバラエティ豊か。特に畳縁を縫い合わせる作業は熟練の技が必要だといい、張り過ぎずゆる過ぎず、ちょうどいい具合にするのが肝心だとか。布の代わりに和紙を用いた現代的な意匠性の高い作品もある。
機械は使わず全て手縫いで。和の雰囲気を演出するインテリアにも最適。
「古式畳は一般住宅に使う畳に比べると、はるかに手間がかかります。機械は使わず全て手縫いですし、一個一個大きさや形も違いますから。イグサをいろんな形に切って、それに合わせて畳縁の布を丁寧に裁断したり、隙間が見えないよう布を中に折り込んだりと、ぱっと見て分からないようなところにも細かい工程がたくさんあるんですよ」。
黒田さんの仕事は一般住宅の畳製作が主だが、合間をぬっては古式畳づくりにも精を出している。昔ながらの形や大きさのみにこだわらず、現代の生活にも自然と溶け込むものを意識しているそうだ。作業場の一角にはありとあらゆる形・大きさの古式畳が並べられ、座椅子としても使えそうな丸いものから、小さな置物を飾り鑑賞用として使えるもの、畳縁の布を水玉模様のポップな和紙で代用したオシャレな品などバラエティ豊か。いずれの畳も手縫いするまでの準備が大変だといい、大きさにかかわらず1個作るのに丸1日はかかってしまうそうだ。
和室のある家が減ってきた今、畳の需要もずいぶん減ってしまったと黒田さんはため息をつく。「千年以上にわたって根付いてきた伝統文化ですから、やっぱり日本人には畳に座ってほしい。たとえ和室をつくるのは無理だとしても、小さな古式畳をインテリアとして飾ったり、フローリングの上に置くだけでも趣があってオシャレになると思いますよ。古式畳をきっかけに、畳本来の素晴らしさを多くの人に感じてもらえれば、この上なくうれしいですね」。
黒田 幸一
香川県伝統工芸士。古式畳はもちろん、畳づくりのすべてを機械化するのではなく、手作業にもこだわっている。絵を描くのが好きで、毎年東京での展覧会に作品を出展しているほか、美術協会で作品の審査員を務めるなど絵画への造詣が深い。
黒田畳店
香川県さぬき市大川町田面249-1
☎0879-43-3385
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