家は工業製品とは違い、一棟一棟が人間の手作業によってつくり上げられていく。そこに携わるのは家づくりのプロフェッショナリスト、つまり職人たちである。機能性やデザイン性に優れ、自分たちが描く理想の住まいをかなえるには、家づくりの現場を知り尽くした腕利き職人たちの卓越した技術が欠かせない。腕利き職人たちは、自身が手掛ける一棟一棟の家づくりに丹精込めて向き合い、そこに暮らす人々の幸せを祈りながら、今日もひたすら作業に汗を流している。よりよい家づくりと自身の技術向上を追求し続ける岡山県の大工職人に、一貫して情熱を注ぎ続ける家づくりへの思いを聞いた。
<取材・文/鎌田 剛史 写真/鈴木 トヲル>
真面目に、実直に。~大工職人/河本 勝さん~
その男は自分のことについて多くを語らない。自分がやるべきことはただ、目の前の仕事の一つひとつに全力を傾けること。それが彼の信条だ。手先を一心に見つめるまなざしからは、秘めたる職人魂が伝わってくる。時代とともに変ぼうしていく家づくりに柔軟に対応しながら、職人としての高みを目指し続けるひとりの腕利き大工。仕事への流儀とは。
すべての人に喜ばれる仕事をすること、それこそが僕の本懐。
岡山県岡山市郊外の閑静な住宅地にある建築現場。じりじりと照りつける日差しがまぶしい。目を細めて建物の周囲に組まれた足場を見上げると、強烈な太陽の照り返しを浴びながら忙しく動き回る職人たちの真っ白いヘルメットが、巨大な入道雲の浮かぶ、絵に描いたような真夏の青空にくっきりと映えていた。
立っているだけで頬や背中に汗がつたうほど暑い屋外とは打って変わって、建物の中は意外なほどひんやりと涼しい。柱やボードはまだむき出しのままで、もちろんエアコンも付いてない。子どものころ、太陽の下で汗だくになりながら駆け回った後、木陰で心地よい風を浴びて涼んだ、あの感覚に似ている。
「高気密・高断熱の家は、建築中でも外の環境とはこんなに違うんです。昔の家とはずいぶん変わりましたよ」と話すのは、大工の河本勝さんだ。「大工の仕事も、造る家も、時代とともにどんどん変化してきています。僕ら大工がずっとこの仕事で食っていくためには、ひとつのやり方にこだわることなく、新しい技術や知識も積極的に取り入れながら柔軟に対応していかないと」と、静かに額の汗をタオルでぬぐう。控えめに話す河本さんの隣で、この家の現場監督である「近藤建設興業」の梶谷祐司さんがニコニコしながら合いの手を入れた。「河本さんの仕事は本当に確実で丁寧。私たちが手掛ける高性能の家づくりの本質や特性もきちんと理解してくれているので、いつも安心して仕事をお願いできるんですよ」。
河本さんの大工としてのキャリアは30年近くになる。その動機は父・晃さんが大工だったことや、幼少期からものをつくることが得意だったためだといい、「自分の性分に合っている仕事だと思って」。父と叔父の下に師事し、大工の仕事を一から学びながら経験を積み重ね、30歳の時に叔父の勧めから独り立ち。以後は請負大工として「近藤建設興業」をはじめ、県内各地の建築現場で腕を振るっている。依頼を受ける会社ごとに家づくりのスタイルや工法などはさまざまだが、どんな家づくりにでも対応できる技術や、一級建築士の資格を持つほどの博識ぶりには、各社も大きな信頼を寄せている。「ちょっとタイトなスケジュールでも、文句ひとつも言わずきっちり仕上げてくれるし。真面目で誠実な人柄も魅力ですね」と茶目っ気たっぷりに笑う梶谷さんの横で、河本さんは照れ臭そうにほほ笑むばかりだった。
これからは自分が培った技術や知識を、次世代にもつなげていきたい。
「この仕事のやりがいは、月並みな答えかもしれませんが、お客さまに喜んでもらえたとき。お客さまが心から納得され、満足していただくためにも、現場に来られた際には積極的に会話するようにしています。直接お話することで、その方が本当に求められている要望が見えてくることも多いですし。質問を受けたときには、なぜここがこうなっているのかを理論と根拠に基づいて分かりやすく説明することも心掛けています。一級建築士の資格を得ることで身についた知識も、少ながらず生かせているのではないかと思います」。
大工としてのスキルはもちろん、仕事への高い意識やお客さまに対する真摯な姿勢を買われ、「近藤建設興業」の若手スタッフや、同じ現場で顔を合わせる若手大工に仕事のノウハウを手ほどきすることも多いそう。近年は大工をはじめ職人の数が減り、後継者不足が深刻。河本さんにも業界にいる若者を育て、大切にしていかなければとの思いもある。「大工になりたい若者だって当然ながらいるはずなんですが、具体的にどうすればその道に進めるのか、そのきっかけが分かりにくいのが課題。自分で親方や師匠を見つけて弟子になるのも、現代の若者にとってはハードルが高すぎるし、現実的ではないですから。そんな時代の中で、私ひとりができることなんてたかが知れてますが、若い職人とともに今目の前にある仕事にただ、全力を注ぐことですかね。それはもちろん自分のためでもあるんですが、若手には私の仕事ぶりから自分なりに学んでほしいし、先輩としてこれまでに培った経験や知識を惜しみなく伝えることで、次の世代に引き継いでいければなと。とはいえ、私もまだまだ成長していかないといけませんから。日々精進です」。
河本 勝
1973年10月15日生まれ。抜群の知識と技術力が評判の腕利き大工。年間を通して岡山県内のさまざまな建築現場を忙しく飛び回っている。モットーは「一棟一棟真心を込めて」。趣味を尋ねると「仕事のことで頭がいっぱいでそれどころではないです」とピシャリ。休日はもっぱら家族サービスに徹しているのだとか。
取材協力/株式会社 近藤建設興業
岡山県岡山市北区津島京町1-1-12
☎086-255-0221
https://www.kondo-kk.com
※文章の内容、写真は2020年の取材当時のものです。
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