フィジカルにアタックしても、メンタルにアタックしても、山は人間を大いに内省的にしてくれる。そして、秀麗な姿で堂々とそびえる山々を前にして痛感するのだ。山がわれわれにとって生活の一部であり、われわれの肉体と精神が山に育てられてきたということを。登るもよし。歩くもよし。見るもよし。思うもよし。そこに山が、あるゆえに―。アラフィフ編集者が瀬戸内各県の最高峰に単独アタックし、身近すぎて見過ごしがちなふるさとの山の魅力を全身全霊で体感するこの企画。2nd アタックは、山口県岩国市にある「寂地山」。早春になると今やどこでも簡単には見られなくなった貴重な花・カタクリで美しく彩られる山としても有名だ。
<取材・写真・文/鎌田 剛史>
目次
カタクリの花を求め、雄大な渓谷を抱く山へ。
ダイナミックな名瀑をたどる探勝路から山頂アタックを開始。
山口県岩国市にある寂地山は、標高1,337mの山口県最高峰である。その懐には寂地峡、犬戻峡の深い渓谷が刻まれており、人間の手が入っていない豊かな自然に癒やされようと、多くの家族連れが訪れる人気の観光スポット。特に4月中旬から下旬にかけて、寂地山は大勢の登山愛好家らでひときわにぎわう。大半の人たちのお目当てが、尾根の登山道沿いに咲き誇るカタクリの花だ。
カタクリの花はその名の通り、片栗粉が取れる植物で、かつては全国の里山で普通に咲いていたという。しかし時代とともに、森林の荒廃や乱獲などによって減少し続け、現在ではその姿を見られる場所が少なくなっている。貴重となってしまったカタクリの花の数少ない群生地のひとつが、ここ寂地山なのである。今年もカタクリの花が見ごろを迎えたとの情報を得て、さっそく岩国市へと向かった。
寂地峡案内所からキャンプ場を抜け、赤い欄干の橋を渡って寂地峡へ入ると、ほどなくして龍尾の滝が現れた。さらにそこから登龍の滝、白龍の滝、龍門の滝、龍頭の滝と合計5つの滝が連続している。これらを総じて「五龍の滝」と呼ぶそうだ。山の自然が生み出す神秘的な光景と、日常生活では滅多に味わえない清々しい空気にテンションが上がる。
錦帯橋のある街として有名な岩国市の北部にあるのが山口県最高峰の寂地山。
寂地山の登山口がある寂地峡は、滝と水の名所として知られる人気景勝地。ここから寂地山の山頂を目指す。
寂地峡最大の見どころがダイナミックな滝の数々。周囲は奇岩怪岩の変化に富み、美しい渓流の風景を眺めながら細い階段状の登山道を上っていく。
最上段の滝に別れを告げ、人ひとりがやっと通れるほどの狭い階段を上り切ると、左右に手彫りのトンネルがある三差路になり、右側の木馬トンネルをくぐる。天井はかなり低く、身長183cmの著者は頭を低く下げ、照明のない真っ暗闇の坑道をそろりそろり進む。ようやく出口を抜けると、そこには鮮やかな新緑がまぶしい渓谷が広がっていた。
清らかな川のせせらぎを耳に歩く渓流沿いの爽快トレイル。
登山道は焼山谷川の流れに沿うように延びており、川のせせらぎと広大な美しいブナ林が優しく迎えてくれた。中国山地でも最大級の規模を誇る寂地山のブナ林。その風景は、新緑や紅葉時にはことさら美しさを増す。ほとんど傾斜はなく、渓流沿いに奥へ奥へと入って行く。おだやかな川の流れと、足下の所々に揺れるかわいらしい山野草を愛でながら歩く気分は、スッキリ爽快だ。
川の所々に橋が架けられており、川沿いを右に左に移動しながら進んでいく。どんどん歩いていくうちに川幅がだんだんと細くなり、やがて谷がふたつに分かれるタイコ谷出合と呼ばれる場所に突き当たった。ベンチが置かれた広場があったのでひと休み。標識には「寂地山まで120分」とある。やれやれ、山頂への道のりはまだまだ長いようだ。
これまでの平坦な道とは打って変わり、ここから本格的な登りが始まった。急こう配の登山道には丸太の階段が続いており、渓谷を下に見ながら一気に高度を上げていく。つづら折りが連続する道をハァハァ喘ぎながらひたすら登る。一歩一歩が重たい。標高が上がっていくにつれ、道の周辺にクマザサが多く見られるようになってきた。途中何度も休みつつ、最後の階段を踏ん張って上がりきると、主稜線の鞍部となるミノコシ峠に出た。
清らかな渓流沿いの道をひたすら奥へ奥へと進む。自然が織りなす渓谷美には心が癒やされる。ほとんど傾斜はなく足取りも軽快だ。
カタクリロード。この道ずっと、行けば。
尾根を延びる道沿いには、お辞儀をするように下を向いた薄紫色のカタクリの花がびっしりと咲いていた。ピークは過ぎてしまったのか、枯れ始めているものもちらほら。膝をつき、ぐっと近づいて見る。あちこちでハチが吸蜜にいそしんでいた。
うずくまってしばらく観察していると、後ろから「咲いてますか?」と声をかけられた。振り返ると、たくましく日焼けした快活そうな老婦人が立っていた。満開は過ぎているようだと伝えると「カタクリを見に来るのはタイミングが難しいからねぇ。でも、これだけ咲いているのが見られるだけでラッキーよ」とあっけらかんと笑っていた。聞けば毎年この時期に寂地山へ足を運んでくるそうだ。老婦人は「じゃお先に」と、山頂方面へさっそうと歩いて行った。
ミノコシ峠から山頂へと続く稜線ルートに入ると、 道の両脇にびっしりと咲き乱れるカタクリの花が迎えてくれる。訪れた時には開花のピークを過ぎ、シーズンも終わりを迎えるころ。曇り空ということもあってか、花びらをとじているものも多かった。
かつてカタクリの花は各地の里山に自生していたが年々減少し、現在ではその姿を見られる場所はほとんどなくなってしまったという。寂地山は、今では全国でも数少ないカタクリの花に出会える群生地だ。
絶滅が危惧されているカタクリやその他の草花などの採取は禁じられている。「とって」いいのは写真だけ。
快適な縦走路をカタクリを堪能しながら歩く。周囲は木々に囲まれており、展望はほとんどない。
山頂でパンをかじりながらあらためて実感。山の自然に目を向けるという楽しみ方。
カタクリの群生を愛でながら、鼻歌交じりで尾根道歩きを満喫する。周囲の展望はあまり良いとはいえないが、時折木々の間から西中国山地の山々が望める。小さなピークをいくつか越え、寂地林道との分岐点に到着。最後の階段を上ると、ほどなくして山頂にたどり着いた。
山頂には誰もおらず、シーンと静まり返っていた。周囲は樹林に囲まれていて景色は楽しめない。山頂の標識と小さなほこら、1963年の山口国体のたいまつの採火が行われた記念碑があるのみで、どこか寂しい感じがした。ベンチに腰掛けて昼食を頬張り、30分もしないうちに山頂を発つ。
小さな石のほこらが祭られ、山口県で国体が開催された際にここでたいまつの採火が行われた記念の石碑も立っている。
山頂 de ローカルパン。この日の昼食は地元のベーカリー・ピーコックのパピロピーナツ。長時間にわたる山歩きで疲れ切った体に、ピーナツクリームの甘さが染み渡る…。ウマイ。
下山は寂地林道から。「犬戻の滝」の雄大な姿に心打たれる。
分岐まで引き返し、今度は寂地林道から下山する。樹齢100年以上はあろう巨大な寂地杉が密集する林の中を抜けていく。寂地峡からの登山道に比べるとこちらのルートはやや地味な印象だ。しばらく歩いていくうちに、下の方から犬戻峡のせせらぎの音が聞こえ始めた。途中で犬戻歩道と呼ばれる渓谷沿いの道へと下り、犬戻の滝を鑑賞。ごう音をとどろかせて水が流れ落ちる名爆の姿を目に焼き付けた。
滝からは犬戻歩道で下山する算段だったのだが、橋の老朽化により通行止めの看板が。仕方なくここまで下りてきた長い階段を引き返すことになり、かなり体力を消耗。長い長い林道をひたすら歩き、ようやく出発地点の寂地峡案内所に到着した。
山頂からは急な坂を一気に下っていく。風格ある巨大な寂地杉が密集する森の中を歩いていると、どこかピーンと張りつめた神秘的な空気に包まれる。ここに自生する寂地杉は学術的にも貴重なものだという。
寂地林道から渓谷沿いを走る遊歩道まで下ると現れる迫力満点の犬戻の滝。滝壺は深いエメラルドグリーンに輝いている。
犬戻の滝から先の遊歩道は、橋の老朽化によりなんと通行止め。ふたたび急な階段を上り林道まで引き返すことに。約20分のロス。Oh, my God…
犬戻の滝へと下る入口。うかつにも通行不可の看板を見落としたのだった。
登山の妙味とは、額の汗を拭いながら苦労してひたすら登り、山頂にたどり着いた喜びと、壮観な景色を楽しむものだと、寂地山に来るまではずっと思っていた。だが、道中にちょっと立ち止まり、木々や花をじっくり愛でるのも実に楽しいことなのだと、カタクリの花たちが教えてくれた。
寂地山登頂の足あと。
登頂日:2021/4/23 登山ルート:寂地峡入口→五竜の滝→ミノコシ峠→山頂→延命水→犬戻ノ滝→寂地峡入口 活動時間:約5時間40分(休憩など含む)
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14:57 →
15:47 →
16:16 GOAL
寂地山は、山口県岩国市と島根県吉賀町にまたがる山口県最高峰の山。1963年に山口国体が開催された際、山頂でたいまつが採火されたのを機に登山ルートが整備された。中四国最大級の規模ともいわれるブナ林や、山麓にある人気景勝地の寂地峡、犬戻峡など見所も多い。毎年4月下旬から5月中旬にはカタクリの花を一目見ようと大勢の登山愛好家らが訪れている。頂上に向かうルートは今回の寂地峡コースのほか、犬戻峡沿いの林道終点から遊歩道を歩くコース、広島県の冠山から尾根沿いに縦走する松ノ木峠コースなどがある。
<1st アタック> 香川県最高峰「竜王山」への登頂リポートはこちら
<3rd アタック> 岡山県最高峰「後山」への登頂リポートはこちら
<4th アタック> 広島県最高峰「恐羅漢山」への登頂リポートはこちら
<5th アタック> 兵庫県最高峰「氷ノ山」への登頂リポートはこちら
<ファイナル・アタック> 西日本最高峰・愛媛県「石鎚山」にある飛瀑「御来光の滝」への登頂リポートはこちら
アラフィフ編集者が瀬戸内各県の最高峰6座へ、
ロックンロールの名曲の調べと共にアタックした記事「Rock n’ roll 瀬戸内の名山」は
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