目の前に瀬戸内海、背後には中国山地と四国山地を構える瀬戸内地域の自然環境。そしてその自然に育まれた人文化と歴史。家の窓からのぞく遠くの山々、街に点在する田畑やふるさとの料理。これらは全て「風土」をひもとくことで、地続きにあることが理解できる。「風土」を知り、瀬戸内がどのような地域であるのかという解像度を上げることで、暮らしは豊かになるのではないだろうか。全5回に分けて、本誌に掲載しきれなっかった情報を織り交ぜつつ、瀬戸内の風土についてレポートしていく。
最終回の今回は「瀬戸内の文化について」。瀬戸内の食・風景・暮らしなど、文化にフューチャーしていく。
目次
一番おいしいカタチで、「瀬戸内」を口にできる特権。
「半農半漁」の産業に沿った食文化
漁業が盛んだった瀬戸内地域だが、多くの沿岸地域や島々では「半農半漁」という、農業と漁業が共存した産業形態がとられていた。これはひとつの地域で共存している場合も、1軒の家が兼業している場合も指す。瀬戸内地域では両形態の「半農半漁」があったようだ。また、農業では稲のみを作るのではなく、「二毛作」という形がとられていた。沿岸地域は干拓や埋め立てによって新開地を得ていたが、少なからず海水の影響を受けてしまうため、水田による稲作に適さないことがあり、麦や綿、豆などの作物を栽培する。この「二毛作」は本来の稲作に匹敵するほどの収益を実現し、一部の地域では稲以外の作物の栽培をメインに据え、年貢として納める米を他地域から輸入していたという話も残っているほどだ。
また、二毛作も厳しい地域ではサツマイモなどの穀物をつくるために畑が開かれる。農村部では耕作地が少なかったようで、人口が増えるにつれて畑は山の斜面に沿って連なり始め、「段々畑」という伝統的な景観を作り出すことになった。江戸時代に日本を訪れた、ドイツ人医師エンゲルベルト・ケンペルの『日本誌』によると、周防の多くの島々や室津周辺ではすでに農村で「段々畑」が開かれていたという。
瀬戸内各県の”うまいもの”いろいろ
このような耕作の特徴から育まれた食文化にも目を向けてみると、耕作的特徴であった「半農半漁」が食文化にも反映されていることが分かる。ひとつの料理の中で魚と農産物が共存している、岡山県の「ばらずし」。これは、酢飯の上に刺身や酢漬けにしたサワラを中心に、レンコンや錦糸卵など多くの具材を盛り付けたちらし寿司となっている。
また、海の幸に寄ったものでは、愛媛県の「鯛めし」が挙げられる。「鯛めし」という料理は全国的に広く見られるが、愛媛県では地域によって調理法が異なる。タイ一尾を薄味の米と炊き上げ、身を崩しながら食べるという印象が強いが、この調理法は「松山鯛めし」と呼ばれる。一方でタイの刺身を、しょうゆとだしに卵黄を割り入れたものと絡ませて、白米にかけて食べる形態の「鯛めし」もある。これは「宇和島鯛めし」と呼ばれる。新鮮なタイが身近にある地域だからこその郷土料理といえるだろう。
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忘れてはいけない二毛作の中で生まれた食文化が、香川県のうどんだ。気候的条件と土壌的条件が重なって小麦が豊富に栽培できたことと、製塩が盛んな瀬戸内十州塩田であったことで、現在につながる「うどん」文化が形成されていったと考えられる。さらに、山口では醤油(しょうゆ)の仕込み方を変えることで「甘露醤油」に発展させた。江戸時代頃から現在まで、独自の甘みと香りで人気が高い。
さらに、食文化として欠かせないのが酒の文化。瀬戸内地域は、背後にある山地のおかげで質の高い地下水が豊富で、中でも兵庫県の「宮水(みやみず)」と愛媛県の「うちぬき」は酒造りに最適な水として知られる。これらの水から造られる日本酒は、地元民からはもちろん、全国のファンから愛されている。 環境とうまく共生することで耕作を成功させ、独自の食文化を築いた先人たち。現在にも、その耕作的開発と郷土料理は受け継がれ、私たちの生活の一助となり、彩りとなっている。
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自然と人の営みが織りなす、美しい景色。
「景観」から「景色」へ、まなざしの近代化。
伝統的な瀬戸内の評価は、文学作品ありきの評価が主流だった。『万葉集』や『古今和歌集』などに歌枕として詠まれたり、『源氏物語』の舞台として描かれたり、文学作品の題材として非常に人気があったためだ。近世に入って観光が一般の娯楽になると、現代で言う「聖地巡礼」が盛んになり旅行の定番地域として人気を得ることになった。しかし19世紀に入ると、日本を訪れた欧米人たちが自然科学的視点で瀬戸内の景観を賞賛し始める。自然と共存する人々の生活も景色の美しさに織り込んで評価する彼らの視点をきっかけに、日本人も瀬戸内の風景に対する評価のまなざしが近代化されたのだ。
こうして、風景へのまなざしの再編が行われた瀬戸内は、「瀬戸内海国立公園」として国立公園に指定されている。国内の国立公園として最大面積を誇っており、最初に指定された国立公園のひとつでもある。指定される際には、「変化に富み、平和にして優美な風景」と評された。豊かな自然や海に浮かぶ多島海景観はもちろんのこと、風景に溶け込むような穏やかな人文景観も評価されたのだ。
瀬戸内の代表的な景色「白砂青松」。
また、瀬戸内の代表的な景観として外せないのが「白砂青松(はくさせいしょう)」だ。白い砂浜に青い松というコントラストが美しい風景は、製塩業の発展と瀬戸内の土壌的特性によって人工的につくられた景観といわれている。瀬戸内では、古くから建材や生活燃料として森林の木々が利用されていた。しかし、その森林が伐採されていくと、自然環境の保護のために二次林の植生を行うことになる。その際、製塩の燃料にもなり、花崗岩を基盤とする土壌と生育の相性が良いクロマツを中心としたマツ類が植えられることになったのだ。さらに、白い砂浜も、風化した花崗岩が浜に堆積したもので、自然と人間の営みが生み出した風景なのである。 文学作品の舞台として美しさ、自然風景と人文化の融和の美しさ、そして人文化がつくり上げた風景の美しさ、そして「本州四国連絡橋」の完成によって近代的な美しさが加わったように、今後も風景は変化し続けるのだろう。そこに、自然と人との共生によって生まれる風景が美しく残るように、われわれも生活していきたい。
今も昔も変わらない、一番身近な「自然と暮らす」。
瀬戸内の住居文化。
現在でも、瀬戸内地域には伝統的な造りの町並みや家の造りが残っている。沿岸部では外壁を白い漆喰(しっくい)で塗りこめた大壁の町家が多いことや、「なまこ壁」や「うだつ」などの装飾が特徴的。これら瀬戸内特有の港町の景観を作り出す装飾は、密集した民家の防火機能も担っており、デザイン性と機能性を両立させることで独特の町並みを形成することになった。また、瀬戸内地域は全般的に台風の通過が多かったため、防風対策として石垣や土塀、「どいき」などで敷地を囲っている造りも特徴的といえる。
また、民家の間取りや窓の位置は日当たりや風通しなどを考慮して決められており、自分たちの暮らす環境を理解した上での家づくりがなされていた。そのため、夏の暑さに苦しむことはあまりなかったようだが、一方で冬の底冷えには悩まされていたという。現在でも、瀬戸内地域の古い民家ではこの性質が引き継がれてしまっており、冬のヒートショックによる事故が後を絶たない。このような事故の原因となる住宅の弱点を最新技術で克服しつつ、先人たちの知恵を融合させた温故知新な家づくりが主流となってきている。
現代の、自然との暮らし方。
自然由来の建築素材を、「自然素材」と呼ぶ。「自然素材」を住宅の建材に用いるメリットは多い。良質な木材は調湿機能に優れていることから、高温多湿な日本の気候と相性が良く、断熱性が高いという特徴も持つため、夏は涼しく冬は暖かい室内温度を実現する。また、結露を防ぐことでダニやカビの発生を抑制することができ、「シックハウス症候群」を予防することもできる。さらに木材に着目すると、「県産木材」と呼ばれる、生育から加工までをその県内で行われた木材がある。これももちろん「自然素材」だ。その土地の気候と風土によって生育しているためにその土地との親和性が高く、気候によるトラブルを招きにくい。さらに、その土地の経済に貢献するという社会的意義も担っている。
また、珪藻土(けいそうど)や漆喰などの塗り壁は、調湿効果はもちろん防臭効果もあり、快適な室内空間を維持してくれる。こうした「自然素材」は酸化することがないため、メンテナンス頻度が格段に少ない。健康を維持してくれる機能性が高い「自然素材」は、省エネや「SDGs(持続可能な開発目標)」へ関心が高まっている昨今、化学物質が主体となっていた高度成長期を経て再評価されている。 大自然の中で暮らすことも「自然と暮らす」ことではあるが、家の材料を自然由来のものにするというのもまた、「自然と暮らす」ことになるのではないだろうか。
参考文献
- 『瀬戸内海事典』南々社.2007
- 『海と風土-瀬戸内海地域の生活と風土』地方史研究協議会.雄山閣.2002
- 『新・瀬戸内海文化シリーズ1 瀬戸内海の自然と環境』柳哲雄.瀬戸内海環境保全協会. 1998
- 『新・瀬戸内海文化シリーズ2 瀬戸内海の文化と環境』柳哲雄.瀬戸内海環境保全協会.1999
- 『瀬戸内海の環境保全 平成13年度 資料集』瀬戸内海環境保全協会.2002.
- 『瀬戸内における水寛容を基調とする海文化』瀬戸内海環境保全協会.2015
- 『ふるさと日本の味9 瀬戸内・黒潮海の幸』第二アートセンター.集英社.1983
- 『瀬戸内海地域誌研究 第3輯』文研出版.1991
- 『宮本常一 瀬戸内文化誌』宮本常一.八坂書房.2018
- 『瀬戸内四国の自然』伊藤猛夫.六月社.1965
少しでも「へ~!」と思ってくれたら幸いである。知ることから得られる楽しみも、きっとあるはず。
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