木、草、土、石といった自然素材を高度な技術で加工した伝統工芸品は、はるか昔より日本人の生活や文化を支え続けてきた。人間の磨き抜かれた手から生み出される品々の繊細さと美しさは、日本が世界に誇れるもののひとつ。香川県にもさまざまな伝統工芸が今も残っており、先人たちが生み出し発展させてきた技法を一途に守りながら、研さんを重ね続ける匠たちがいる。古来より受け継がれてきた技や文化を、後世に残し伝えるという役割と責任を担いながら日々精進し続けている瀬戸内の伝統工芸士の仕事ぶりを拝見。伝統技術の保存と継承や、現代の暮らしへと融合させる工夫、そして、一貫して情熱を注ぎ続けるもの作りへの思いを伺った。
<取材・写真・文/鎌田 剛史>
讃岐装飾瓦(香川県伝統的工芸品)/神内 俊二さん
魔除けや五穀豊穣などの願いを込めた豪華な瓦。
家や神社・寺院の屋根に鎮座する鬼や動物などの形をした瓦を、誰しも一度は目にしたことがあるはずだ。これらの瓦は鬼瓦または装飾瓦と呼ばれ、昔から住む人の厄除け・守り神として尊ばれ、家の屋根に広く用いられてきた。装飾としてだけでなく、屋根材に雨水が浸透するのを防ぐ実用的な役割も兼ね備えていた。香川県でも江戸時代後期ごろから盛んに生産されていたといわれ、各地の家の屋根で多種多様な装飾瓦がいぶし銀の輝きを美しく放っていたという。
しかし、洋風建築が主流となった現在の一般住宅で、装飾瓦を据え付ける家はめっきり見られなくなった。時代が経つにつれて装飾瓦の生産者も軒並み減少し、県内でも現在は数軒しか存在していないそうだ。
三木町の神内俊二さんは数少ない装飾瓦職人の一人。香川県の伝統工芸品に指定されている「讃岐装飾瓦」を昔ながらの製法で作り続けている。「装飾瓦の注文は、最近ほぼないですね。和風建築がすっかり減ってしまいましたし、現代の家のスタイルには装飾瓦は合わないし。ガルバリウムやスレートといった屋根材が使われる家も多くなりましたからね。洋風の家に使えるような鬼瓦も考案してみたけど…さっぱり売れなかった」と神内さんは苦笑いを浮かべる。
神内さんが装飾瓦を作り始めて約35年。元コックという一風変わった肩書を持つ。「調理師の専門学校を出てから10年ほどコックをしていましたが、瓦職人だった親類からやってみないかと勧められて。元々物作りが好きだったし、瓦を作るのも面白そうだなと。職場の同僚とか周囲には猛反対されましたけどね」。
親類に紹介された綾上町(現・綾川町)の瓦職人に弟子入りし、装飾瓦をはじめとする製法を学んだ。「毎日昼と夜に食べるインスタントラーメンを片手に、片道1時間のバイク通勤。朝8時から深夜2時ぐらいまで夢中でやってました。キツかったけど自分の手で瓦を作るのが本当に楽しくて。1年ほどで親方の腕を抜いてしまい…クビになってしまいました」と神内さんは笑う。その後38歳の時に現在の工房を構え、デザインから焼き上げまで伝統的な技法を守りながら、瓦づくりを一人で行ってきた。
たくさんの製作道具や、粘土を流し込む型、精製途中の粘土などが山積みになった工房で、ひとり作業に打ち込む。
工房に併設するギャラリーには装飾瓦や小物・アクセサリーなどの作品がズラリ。瓦の手作り体験も随時受付中だ。
失敗して、また失敗して。新境地へのあくなき探求。
材料となる粘土も神内さん自らが精製している。「地元・三木町の土を使って作るのが私のこだわり。既製品の粘土とは出来上がりの色や質感が全然違うし、自分がこねた土がもっとも作りやすいんですよ」。
家の屋根に上る装飾瓦の需要が激減した今では、インテリア用の小ぶりな鬼瓦やうどんの器、蚊取り線香台といった日常生活に使える作品を主に製作している。いずれも試行錯誤しながら生み出したものばかりだそうだ。「成型や窯で焼く作業は本当に難しくて何度も失敗しました。キバや角といったパーツもたくさんあって時間がかかるし、色やツヤ、使いやすさなど満足できる出来にこぎ着けるまでには苦労しましたね」。
讃岐装飾瓦の技法を用いて誕生させた「蚊取り線香の台」と「うどんの器」。いずれも一つひとつ手作りのため、乾燥期間も含めると1個の製作に10日はかかるそう。県産品コンクールで最優秀知事賞を受賞した「うどんの器」は、裏返すと鬼の顔が現れるというもの。発売当初は注文が相次ぎ、製作が追い付かなかったという。このほか四国八十八ヶ所の全霊場の鬼瓦をモチーフにした「手のひらサイズの鬼瓦」も人気。
クジラと恵比寿をモチーフとした装飾瓦は「瀬戸内国際芸術祭」で依頼を受けて製作したもの。
古民家でひときわ存在感を放つ。
讃岐装飾瓦ならではの荒々しい鬼の顔がモチーフの作品は、一つひとつ表情が微妙に異なり、どこかユーモラスで愛らしい。今は玄関や庭先に飾れるものや眼鏡置きなど、現代人向けの装飾瓦を考案中。伝統的な技法をかたくなに守りながらも、柔軟な発想で装飾瓦の新境地を切り開き続けている。ただ、いずれの作品も全行程を一人で行うため、一度に大量生産はできないそうだ。
「本来ならば家の屋根に載せる装飾瓦を作りたいですが…需要がないのなら仕方ないですよね。私には後継ぎもいないし、将来は無くなってしまうのかもしれませんが『讃岐装飾瓦という素晴らしい文化があった』という足跡を、可能な限りたくさん残しておきたい。私の切なる願いです」。
神内 俊二
香川県伝統工芸士。35年にわたって讃岐装飾瓦の伝統製法を一貫して守り抜いている。製作技術の指導で瀬戸内国際芸術祭に参加したり、小中学校の特別非常勤講師を務めるなど、技術の伝承・普及にも尽力。
讃岐装飾瓦 焼物の店 神内
香川県木田郡三木町池戸1064
☎087-898-4156
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