資料請求

SETOUCHI MINKA featuring HIRAYA SETOUCHI MINKA featuring HIRAYA

SETOUCHI MINKAレポート

SETOUCHI MINKA

瀬戸内民家ジャーナル

2020/10/05
レポート ジャーナル
瀬戸内の古い町並み散策のススメ。【龍野】

古き良き風情が今も残る「伝統的建造物群保存地区(伝建地区)」。数々の歴史的建造物は観光スポットとしてもはやメジャーだが、歩き方や目の付けどころ次第でさらなる魅力をうかがい知ることができる。はては家づくりのヒントも見つかるかもしれない。瀬戸内エリア各県の伝建地区に秘められた魅力を再発見しに、あらためてゆっくりと散策してみよう。

たつの市龍野 伝統的建造物群保存地区

兵庫県たつの市 ●種別/商家町・醸造町 ●選定/2019年 ●面積/15.9ha

兵庫県の南西部に位置するたつの市。原生林に包まれた鶏籠山や、清流・揖保川などをはじめとする豊かな自然に抱かれた閑静なこの街は、日本三大そうめんのひとつに挙げられる「揖保乃糸」や、淡口醤油の一大産地として全国にその名を馳せている。龍野城の城下町として栄えた龍野地区には、江戸時代の風情が薫る町並みが現存。童謡「赤とんぼ」の作詞者・三木露風の生誕地でもあるこの町を歩けば、ノスタルジックな町並みの情景に心癒されるとともに、大人になるにつれて忘れかけていた、幼き日の好奇心や感動にも巡り会える。

たつの市龍野 伝統的建造物群保存地区ってどんなところ?

6世紀末ごろには町並みが形成されていたとみられ、江戸時代には龍野城下の城下町となり、西播磨地方の政治経済の中心地として栄えた。17世紀後半ごろからは醤油醸造が始まり、近世以降にかけて醤油の一大産地へと発展。軒が低く大壁造の古式な町家や、醤油醸造の重厚な土蔵などが現存し、江戸時代の町割もそのまま残っている。JR本竜野駅から徒歩約15分。詳しくはこちら

龍野の町並み見どころ5選

①情緒あふれる「播磨の小京都」。

街の区画や道幅は江戸時代から変わっておらず、閑静な城下町の懐かしさが残る。街は山側から揖保川に向かって扇状に開けており、龍野城跡から南北に延びる大手筋の西側に武家屋敷、東側に町人の街が形成されていたそう。本丸御殿や白亜の城壁などを復元した「龍野城」や、「武家屋敷史料館」といった、昔日の姿を今に伝える歴史的建築も保存されている。

②「淡口醤油」で栄えた町の名残、醤油蔵の煙突がシンボル。

龍野は淡口醤油の発祥の地。四角い煙突がそそり立つ旧醤油蔵が今も残り、風格に満ちた佇まいを見せている。「たつの市 醤油の郷 大正ロマン館」「うすくち龍野醤油資料館」では、江戸時代からの貴重な用具や資料などを展示。町の経済を支えた醤油醸造業の歴史と繁栄に思いを馳せてみては。

【たつの市 醤油の郷 大正ロマン館】
☎0791-72-8871 詳しくはこちら

【うすくち龍野醤油資料館】
☎0791-63-4573 入館料:10円 詳しくはこちら

③童謡「赤とんぼ」の生みの親・三木露風の生家

龍野が生んだ偉大な詩人であり、童謡「赤とんぼ」の作詞者としても知られる三木露風が6歳まで暮らしたこぢんまりとした平屋の生家も残っている。明治時代の生活の様子を垣間見ることができる。

【三木露風生家】
☎0791-62-0553 詳しくはこちら

④「童謡の小径」で蘇る童心。

町並みから少し足を延ばしたところにある「龍野公園」には、三木露風のふるさとであることにちなみ、「童謡の小径」と名付けられた散策道がある。道中には「赤とんぼ」をはじめとする童謡の歌碑があり、近づくとその音色が流れるという仕掛けが。無邪気に走り回った幼き日の思い出にしばし浸るのも◎。

⑤本場そうめんの滑らかな舌触りを堪能。

「揖保乃糸」で有名な手延そうめんも龍野の特産品。「龍野城」のすぐそばにある「霞亭」は、優しい喉越しのにゅうめんが看板メニューのそうめん専門店。本場の味わいを楽しんで。

【そうめん処 霞亭】
☎0791-62-2040 11:00~16:00 水曜日定休

龍野の町並み散策レポート記事は

https://setouchiminka.jp/hiraya/book/hiraya.html/embed

 

2020/10/05
レポート ジャーナル
瀬戸内の古い町並み散策のススメ。【本島】

古き良き風情が今も残る「伝統的建造物群保存地区(伝建地区)」。数々の歴史的建造物は観光スポットとしてもはやメジャーだが、歩き方や目の付けどころ次第でさらなる魅力をうかがい知ることができる。はては家づくりのヒントも見つかるかもしれない。瀬戸内エリア各県の伝建地区に秘められた魅力を再発見しに、あらためてゆっくりと散策してみよう。

丸亀市塩飽本島町笠島 伝統的建造物群保存地区

香川県丸亀市 ●種別/港町 ●選定/1985年 ●面積/13.1ha

香川県丸亀市沖に浮かぶ島・本島。近年は「瀬戸内国際芸術祭」の会場として脚光を浴び、多くの観光客が訪れているこの島に、香川県で唯一の伝建地区である「笠島集落」はある。瀬戸内海からの潮風と島の豊かな自然を五感でフルに感じつつ、自転車をこいで島の名所を駆け巡るのも一興だ。今度の休日には少し早起きして、小さな島の町並みを見に行ってみよう。

丸亀市塩飽本島町笠島 伝統的建造物群保存地区ってどんなところ?

大小の島々からなる塩飽諸島の中心ともいえる本島。戦国時代には塩飽水軍が活躍、江戸時代には海運業で栄えた。往時をしのばせる勤番所や古い町並みが残り、歴史情緒あふれる文化財の宝庫として有名。近年は「瀬戸内国際芸術祭」の会場にもなっており、海外からも大勢の観光客が訪れている。丸亀港からフェリーで約35分。詳しくはこちら

本島の町並み見どころ5選

①塩飽水軍本拠地の名残、入り組んだ細い路地。

塩飽水軍の拠点だった本島。廻船問屋の古い建物が軒を連ねる笠島集落は、「東小路」「田中小路」「神社通り」などさまざまな通りが存在。中心となるのが「マッチョ通り」。かつては「町通り」と呼ばれていたそうだが、次第になまって現在の名前になったとか。敵の来襲に備え奥まで見渡せない入り組んだ細い路地が走っている。

②自由奔放なネコたちにほっこり。

集落を歩いていると、軒下などからニャーニャーとネコの愛らしい鳴き声が聞こえてくる。人懐っこいネコが足下にすり寄ってくることも。じゃれあって遊んだり、気持ちよさそうに昼寝したりと自由奔放なネコたちを見ていると、ほんわか癒される。

③塩飽大工の高度な技が光る木造建築。

江戸時代末期から明治にかけ、全国の寺社建築などで活躍した塩飽大工たちが手掛けた建物も見逃せない。梁などを支える補強材「持ち送り」や京都発祥の「むくり屋根」など、日本建築の伝統技術の素晴らしさを体感できる。

④大正時代建築の「吉田邸」

大正時代築の「吉田邸」でも塩飽大工の匠の技が随所に見られる。長さ12mの杉をまるまる1本使った入縁側や、ほこりをたまりにくくする「塵落とし」を施した障子、刀の鍔が埋め込まれた欄間などは必見だ。

【吉田邸】
☎090-8692-1827(吉田 稔さん) 入館料:大人¥300、小中学生¥200 ※見学希望の際は事前予約

⑤自転車で爽快に島を駆け巡る。

島の移動はレンタサイクルが便利。豊かな島の自然と瀬戸内海の潮風を全身に浴びながら気持ちよく走ろう。自転車は本島港で貸出。1台¥500。

本島の町並み散策レポート記事は

https://setouchiminka.jp/hiraya/book/hiraya.html/embed

 

2020/10/05
レポート ジャーナル
瀬戸内の古い町並み散策のススメ。【内子】

古き良き風情が今も残る「伝統的建造物群保存地区(伝建地区)」。数々の歴史的建造物は観光スポットとしてもはやメジャーだが、歩き方や目の付けどころ次第でさらなる魅力をうかがい知ることができる。はては家づくりのヒントも見つかるかもしれない。瀬戸内エリア各県の伝建地区に秘められた魅力を再発見しに、あらためてゆっくりと散策してみよう。

内子町八日市護国 伝統的建造物群保存地区

愛媛県喜多郡内子町 ●種別/製蝋町 ●選定/1982年 ●面積/3.5ha

ハゼの木の実を砕いて作られる「木蝋」をご存じだろうか。江戸時代から生産されてきた工業品で、海外では「ジャパン・ワックス」とも呼ばれ、主に和ろうそくの原料としてや、力士のまげを結う「びんつけ油」などに使用されてきた。現在では木蝋の生産量はすっかり激減してしまったが、かつて木蝋生産によって繁栄した町が愛媛県にある。豊かな自然に囲まれた内子町八日市護国地区には、その栄華を今に伝える古い町並みが残っている。江戸時代にタイムスリップしたかのようなレトロな町並みをゆっくりと鑑賞しながら、古の時代に思いを馳せてみよう。

内子町八日市護国 伝統的建造物群保存地区ってどんなところ?

江戸時代後期から明治時代にかけて木蝋生産によって栄えた内子町。八日市護国地区にはその面影が今も色濃く残っており、約600mの通りに伝統的な造りの町家や豪商の屋敷が当時の姿で軒を連ねている。この地域独特の浅黄色の土壁と白漆喰が織りなすコントラストが美しい。伊予鉄南予バス・知清橋から徒歩約7分。詳しくはこちら

内子の町並み見どころ5選

①浅黄色の重厚な土壁が映える町並み。

内子の町並みには、淡い黄色の土壁が特徴の建物が見られる。この壁は地元で採れる土で塗られたもので、陽光が当たると鮮やかに輝きを放つ。町並みには電柱がなく、江戸時代末期から明治にかけて建てられた商家や町家がずらりと軒を並べており、それぞれの建物に昔ながらの特徴が残されているので統一感がある。

②木蝋生産で財をなした芳我家の栄華を物語る荘厳な大邸宅。

木蝋の生産地として、かつては国内最大規模を誇っていた内子町。木蝋生産で財を築いた立派な屋敷の豪華な装飾と佇まいが、当時の栄華を今に伝えている。その中心的存在でもあった豪商・芳我家に関連する建物も現存。「本芳我家住宅」のほか、「木蠟資料館」として公開されている「上芳我家住宅」など、歴史的価値の高い邸宅もぜひ見ておきたい。

【上芳我家住宅】
☎0893-44-2771 開館時間:9:00~16:30 入場料:大人500円、小中学生250円 ※邸内の一部は無料。
詳しくはこちら

③内子町で唯一残る和ろうそくの店

創業200年の「大森和蝋燭屋」は、現在も昔ながらの製法で和ろうそくを製造・販売している唯一の店。出迎えてくれた大森亮太郎さんは7代目だそう。

【大森和蝋燭屋】
☎0893-43-0385 詳しくはこちら

④あまりにも有名な大正時代の豪華絢爛な芝居小屋。

内子に来たならばやはり「内子座」も見ておくべき。大正天皇の即位を祝い1916年に創建された木造2階建ての瓦葺き入母屋造の本格的な芝居小屋。回り舞台や花道、桝席などが今も残り、当時の建築技術の粋が集められた豪華な建造物は一見の価値がある。

⑤町並み歩きに疲れたら道の駅でリフレッシュ。

伝建地区から少し北にある「内子フレッシュパーク からり」では、内子町で採れた新鮮な野菜や果物、それらを使ったジェラートやパンなどを販売。清らかな小田川が流れる癒しの空間で、「内子豚もろみ焼バーガー」などのご当地グルメを満喫。

【道の駅 内子フレッシュパーク からり】
☎0893-43-1122 詳しくはこちら

内子の町並み散策レポート記事は

https://setouchiminka.jp/hiraya/book/hiraya.html/embed

 

2020/10/05
レポート ジャーナル
瀬戸内の古い町並み散策のススメ。【倉敷】

古き良き風情が今も残る「伝統的建造物群保存地区(伝建地区)」。数々の歴史的建造物は観光スポットとしてもはやメジャーだが、歩き方や目の付けどころ次第でさらなる魅力をうかがい知ることができる。はては家づくりのヒントも見つかるかもしれない。瀬戸内エリア各県の伝建地区に秘められた魅力を再発見しに、あらためてゆっくりと散策してみよう。

倉敷市倉敷川畔 伝統的建造物群保存地区

岡山県倉敷市 ●種別/商家町 ●選定/1979年 ●面積/15.0ha

瀬戸内エリアの数ある伝建地区の中で、真っ先に思い浮かぶ町といえばやはり倉敷だろう。昔ながらの白壁や町家など、歴史情緒あふれるこの「倉敷美観地区」は岡山県を代表する観光スポットのひとつとして知られている。「大原美術館」「倉敷アイビースクエア」といった数々の定番名所を巡る以外にも、古い商家をリノベーションした雑貨店やカフェ、地元産の果物をたっぷり使ったスイーツの店などに立ち寄りながら、ただなんとなく、ひとりで気ままに歩くだけでも楽しい。

倉敷市倉敷川畔 伝統的建造物群保存地区ってどんなところ?

風にそよぐ柳並木や、白壁となまこ壁の美しいコントラストが倉敷川に影をおとし、伝統的な日本建築の美しさをよく残しているこの一帯は、江戸時代には米の集積地として栄えた地域。町並みから往時をしのぶことができる。世界的名画を集めた「大原美術館」をはじめ、民藝館、考古館などの文化的施設も多数。JR倉敷駅から徒歩で10分。詳しくはこちら

倉敷の町並み見どころ5選

①2階正面に開かれた「虫籠窓」。

明治維新前後から倉敷の町屋に現れ始めたという窓。木の枠のある窓の中に太い縦格子を入れたもので、主に主屋の正面2階に設けられている。本来は枠も縦格子も塗り込めだったが、後に縦格子が丸型や角型、さらには鉄の丸棒も現れた。

②「塗屋造」「厨子二階」の建物が中心の町並み。

多くの町屋に見られる構造。隣家に接する両側面と正面の仕上げとして木部を覆って防火的にしている。「中二階」ともいえる建物で、2階部屋の天井が低いのが特徴。昔は主に物置や使用人の寝泊まりに使われていた。

③瓦を張った本格的な「なまこ壁」。

外壁仕上げの一種で、倉敷の町並みのアイコンにもなっている伝統技術。目地の断面が半円形でナマコの容姿に似ていることから「なまこ壁」と呼ばれている。

④倉敷の路地と「ひやさい」。

旧市街では軒の連なる狭い路地のことを「ひやさい」といっていた。通りと通りをつなぐ路地は、かつては荷車や人が行き交っていたが、今でも当時の面影をしのぶことができる。

⑤ツタのからまる赤いレンガが趣深い「倉敷アイビースクエア」

倉敷の町並みに訪れたなら訪れたいスポットが「倉敷アイビースクエア」。1889年、かつて代官所があった場所に「倉敷紡績所」が赤レンガの工場を建設した。ツタが生い茂る赤いレンガが目をひく敷地内には、陶芸が体験できる工房やホテルなどがあり、往時の姿を現代に伝えている。

【倉敷アイビースクエア】
☎086-422-0011 詳しくはこちら

倉敷の町並み散策レポート記事は

https://setouchiminka.jp/hiraya/book/hiraya.html/embed

 

2020/10/05
レポート ジャーナル
瀬戸内の古い町並み散策のススメ。【鞆の浦】

古き良き風情が今も残る「伝統的建造物群保存地区(伝建地区)」。数々の歴史的建造物は観光スポットとしてもはやメジャーだが、歩き方や目の付けどころ次第でさらなる魅力をうかがい知ることができる。はては家づくりのヒントも見つかるかもしれない。瀬戸内エリア各県の伝建地区に秘められた魅力を再発見しに、あらためてゆっくりと散策してみよう。

福山市鞆町 伝統的建造物群保存地区

広島県福山市 ●種別/港町 ●選定/2017年 ●面積/8.6ha

広島県福山市の南部にある沼隈半島の先端に、瀬戸内海に面した風光明媚な港町・鞆の浦がある。のどかな港町の情景が広がるこの一帯には、江戸時代の風情が薫る古い建築や神社仏閣をはじめ、昔から変わっていない情緒ある路地があちこちに張り巡らされているなど、歴史の片鱗が色濃く残るスポットだ。町中を少し歩くだけでも、忙しい日常の疲れを癒やしてくれる絶景スポットに巡り会う。心地よい潮風と太陽を全身に浴びながら、気の向くままに散策してみてはいかがだろう。

福山市鞆町 伝統的建造物群保存地区ってどんなところ?

広島県の沼隈半島先端にある鞆の浦は、江戸時代に港町として発展。石組み階段の船着き場「雁木」や「常夜燈」、築100年を超える家屋が連なる町並みなど、歴史ロマン漂う風景が残っている。数多くの映画やドラマなどの舞台・ロケ地になっているほか、宮崎駿作品「崖の上のポニョ」のモデルとなった町としても有名。JR福山駅からバスで約30分。詳しくはこちら

鞆の浦の町並み見どころ5選

①江戸時代の面影が残る「潮待ちの港」。

江戸時代から交通の要所として栄えてきた鞆の浦。東西から流れる潮がぶつかる地点がこの場所だったことから、人々には「潮待ちの港」という愛称で呼ばれたのだとか。周辺都市とは距離があるため、近代化の影響をあまり受けず独自に発展してきたといい、今でも古き良き日本の港町の雰囲気があちらこちらに残っている。軒の高さがそろえられた商家の町並みが美しい。

②「対潮楼」から眺める鞆の浦の絶景「仙酔島」。

街には多くの神社仏閣が現存している。「福禅寺」は、美しい瀬戸内海を一望できる部屋「対潮楼」が有名。「その美しさに仙人でも酔い知れる」という言い伝えからその名が付いたとされる「仙酔島」をはじめ、鞆の浦の絶景を眼下に楽しむことができる。

【海岸山千手院福禅寺】
☎084-982-2705 入館料:大人200円、中・高生150円、小学生100円
詳しくはこちら

③歴史と風格に満ちた「保命酒」の蔵元も現存。

江戸時代からこの地で造られているのが薬味酒「保命酒」。現在も数軒の蔵元が残り、その伝統的な店構えにも風情が漂う。

④昭和レトロな商店も元気に営業中。

町並みを外れ少し南へ行くと海沿いの住宅街がある。昔懐かしいパン屋やスーパーなどの商店もあり、昭和の港町を感じさせる風情が漂うエリア。心地よい潮風を浴びながらゆっくりと街歩きを。

⑤海沿いの古民家カフェで地元の幸に舌鼓。

歩き疲れたら、鞆の浦のシンボル・常夜燈の目の前にある「鞆の浦 a cafe」で休憩。平屋の古民家を改装した趣のある店内で、天然真鯛のサンドイッチや、瀬戸内レモンソーダなど、ここでしか味わえないメニューを堪能して。

【鞆の浦 a cafe】
☎084-982-0131 詳しくはこちら

鞆の浦の町並み散策レポート記事は

https://setouchiminka.jp/hiraya/book/hiraya.html/embed

 

2020/10/05
レポート ジャーナル
瀬戸内の古い町並み散策のススメ。【柳井】

古き良き風情が今も残る「伝統的建造物群保存地区(伝建地区)」。数々の歴史的建造物は観光スポットとしてもはやメジャーだが、歩き方や目の付けどころ次第でさらなる魅力をうかがい知ることができる。はては家づくりのヒントも見つかるかもしれない。瀬戸内エリア各県の伝建地区に秘められた魅力を再発見しに、あらためてゆっくりと散策してみよう。

柳井市古市金屋 伝統的建造物群保存地区

山口県柳井市 ●種別/商家町 ●選定/1984年 ●面積/1.7ha

広島県との県境から約20kmほど海沿いに南下すると、かつて醤油や柳井縞などの交易で栄えたという街・山口県柳井市にたどり着く。この街に残る「柳井白壁の町並み」は、小ぢんまりとしていて気軽に散策しやすいスポット。古き良き日本の建築文化の素晴らしさを体感できるのはもちろん、どこか懐かしく心がほっこりする、いろんな発見や出会いが待っている。

柳井市古市金屋 伝統的建造物群保存地区ってどんなところ?

江戸時代には「岩国藩のお納戸」と呼ばれ、瀬戸内海有数の商港都市として栄えた柳井。古市・金屋地区には白壁の美しい町並みが現存し、室町時代からの町割が残る約200mの通りに、当時の商家や町屋の建物が軒を連ねている。軒先には「金魚ちょうちん」がずらりと吊り下げられ、近年は"映える"スポットとしても人気。JR柳井駅から徒歩約10分。詳しくはこちら

柳井の町並み見どころ5選

①町中を彩る「金魚ちょうちん」。

鮮やかな赤と白の胴体に、パッチリと黒い眼を開いたユーモラスな表情の「金魚ちょうちん」。幕末のころ、柳井の商人が子どものために青森県の「金魚ねぷた」をヒントに、地元の織物である「柳井縞」の染料を用いて作ったのが始まりだといわれている。毎年8月には「柳井金魚ちょうちん祭り」が開催されている。

②カニも歩く路地「かけや小路」。

白壁の通りから柳井川の「緑橋」付近まで延びる路地は、川から荷揚げした産品を運んだ道。かつてあった豪商の屋号をとって「かけや小路」と名付けられている。中世に造られた石積みの水路を覗くと、赤手ガニがゆっくりと歩いている。たまに路上に出てくるため「カニ注意」の看板も立てられている。

③築100年の風格「甘露醤油蔵」。

柳井市の代表的な特産品である「甘露醤油」。通りから徒歩1分ほどの所にあるのが1830年創業の蔵元「佐川醤油店」。醤油蔵の一部を資料館として公開していており、かつて醤油製造に使われたという年季の入った道具類や、甘露醤油の製造工程などを見ることができる。甘露醤油はもちろん、醤油を使ったジェラートなど多彩な製品も販売している。

【甘露醤油資料館】
☎0820-22-1830(佐川醤油店) 詳しくはこちら

④「金魚ちょうちん」や「柳井縞」の製作を体験。

通りから北に伸びる道を行くと、大正時代末期に建築された建物でかつては醤油蔵だったという「やない西蔵」がある。ここでは「金魚ちょうちん」「柳井縞」の製作体験ができる。

【やない西蔵】
☎0820-23-2490 詳しくはこちら

⑤町並みの周辺にも歴史的な建物が現存。

かつて「周防銀行」の本店だった明治時代後期のモダン建築「町並みふれあい館」や、明治の文豪・国木田独歩が青年期を過ごした平屋「国木田独歩旧宅」など、白壁の町並み周辺にも歴史的建造物が残っている。足を延ばしてみよう。

柳井の町並み散策レポート記事は

https://setouchiminka.jp/hiraya/book/hiraya.html

2020/09/30
レポート ジャーナル
自然素材の産地を訪ねて。【淡路瓦】

現代において、かつての日本で行われていたような自然素材を使った家づくりの素晴らしさが見直され、木・石・土などの自然素材を使った家の評価が高まってきている。地元の気候風土の中で育まれた“ふるさとの恵み”を生かした住まいは、
毎日の暮らしに癒しと潤いを与え、健康で快適なものにしてくれる。そして高い耐久性を誇り、いつまでも安全・安心に暮らすこともできる。

豊かな自然の恩恵を受けた天然素材を生かした製品づくりの盛んな街が、この瀬戸内地域に存在しているということを知らないという人は意外にも多い。そこには、古来より受け継がれてきた伝統の技と知恵を一途に守り、未来を見据えながら新しい価値を創造しようと、木・石・土に日々向き合い続ける人たちがいる。「国産木材」「石製品」「日本瓦」。日本でも有数の一大産地に恵まれた瀬戸内地域は、まさに地元の自然素材を使った家づくりに打ってつけの場所であるといえる。

いぶしの輝き、満ちる島。

兵庫県南あわじ市

日本のあらゆる建築物の屋根を守るとともに、都市の町並みや田園風景に溶け込む不変の美しさと情緒を醸し出す日本瓦。その一大産地が瀬戸内にあるということをご存知だろうか。瀬戸内海東部に浮かぶ兵庫県の淡路島は、愛知県の三州、島根県の石州とともに、瓦の三大産地のひとつに数えられている。青々としたタマネギ畑が広がり、どことなく緩やかに時間が流れるこの島で、約400年の伝統をかたくなに守りつつ、瓦の未来を見つめ、新しい価値を創造しようとまい進する人々に出会った。

大地の恵みから生み出される最高品質の瓦。

 淡路島の瓦づくりは今から約400年前の1610年、播磨姫路藩主・池田輝政の三男・忠雄が由良城を築城する際、播州瓦の名工だった清水理兵衛に淡路島で瓦を焼かせたことが始まりといわれている。理兵衛が播州に戻った後、息子の弥右衛門が淡路島にそのまま残り、数十年かけて淡路島の各地を巡りながら、瓦づくりの技術を広めていったという。以後、淡路の瓦職人たちは代を重ね、分家やのれん分けを幾度も繰り返しながら、淡路島を瓦の一大産地へと成長・発展させていった。

 瓦づくりでは「一に土、二に焼き、三に成形」といわれるように、土がもっとも大切なファクターだ。淡路島では「なめ土」と呼ばれる鉄分を豊富に含んだ粘土が採れる。粒子がとても細かいのでさまざまな形状に加工しやすく、焼いた際に収縮が少ないという性質を持ち、このなめ土からつくられる淡路瓦は日本でも指折りの高品質を誇る。
 幾多の先人たちが築き上げてきた淡路瓦の技と品質は、時代の流れとともに多彩に変化しながらも、今日まで連綿と守られ、受け継がれている。

街の風景を美しく彩るのは、格調高い銀色の輝き。

 淡路島南部の都市・南あわじ市。青々とした田園の牧歌的風景に見とれていると、淡路島名産・タマネギのかぐわしい香りが時折風に乗って運ばれてくる。民家や商業施設の屋根に施された鉛色の瓦は、陽光を浴びて波打つように輝いていた。 「瓦づくりの産地」らしく市庁舎や公園などの民間施設にも淡路瓦が用いられている。現在淡路島内で淡路瓦を製造しているのは南あわじ市にある67の業者。そのほとんどが小規模で、各工場によって製造する瓦の部位が異なる分業制で成り立っている。

 淡路瓦の代名詞ともいえるのが「いぶし瓦」である。瓦を焼く際、表面に炭素膜をつくりコーティングする「燻化」を施すことにより、瓦は淡い銀色の独特な輝きを身にまとう。晴れの日は気品に満ちた輝きが冴えわたり、雨の日は艶っぽい黒に染まり、夕暮れ時には西日を受けて茜色にも染まる。天候や時間によっていろんな表情を見せる淡路島産のいぶし瓦は、良質な淡路島の土を使うからこそ生み出せる。そんないぶし瓦の美しい輝きは「白さえ」と呼ばれるそうだ。

 日本瓦は主にいぶし瓦と、釉薬を使った陶器瓦に分類されるが、淡路島産のいぶし瓦は全国1位の生産量を誇る。その色艶としっとりした風格は日本の瓦を代表する逸品として世界からも高い評価を集めている。

伝統を重んじながら、現代仕様へとアップデート。

 淡路瓦にはいぶし瓦をはじめ、洋風建築にも合う色合いの陶器瓦や窯変瓦、さらには建物の床や壁に使用できる景観材も豊富にあり、さまざまな趣向に合わせられるように500種類以上の瓦をラインアップしている。これだけの種類の瓦を常時取りそろえ、注文を受けてから短期間でリーズナブルに提供できるのは、南あわじ市にある67の製造業者がそれぞれの部位を生産する分業制を整えているからだ。

 培われてきた伝統を大切に守りつつ、時代とともに変化していく多彩なニーズに対応するため、淡路瓦をさらに進化させ、現代版にアップデートすることにも注力している。台風や地震でずれたり飛んだりしないように開発したのが『防災瓦』。瓦の1枚1枚ががっちりかみ合う構造で、超大型の台風や阪神大震災レベルの地震にも耐えられるよう設計され、決して燃えない優れた瓦だ。現在販売している瓦の9割以上は防災瓦だといい、いぶし瓦にさらに焼きを入れた『黒いぶし』『古代いぶし』もラインアップされている。いずれも傷や汚れが残りにくく、淡路瓦の弱点でもあった凍害にも格段に強い特徴を持つ。

コンピューターと職人の合わせ技で生み出す逸品の数々。

 淡路瓦の製造工程を見せてもらったのが「井上瓦産業」。一般住宅用の各種瓦のほか、伝統的な神社仏閣に用いる特殊な瓦の製造でも厚い信頼を集める老舗の会社だ。

 数種類のなめ土を調合し、機械で成型されたたくさんの瓦が、工場内に張り巡らされたハンガーに吊るされてどんどん進んでいく。一つひとつの作業はコンピュータによる自動制御で行われているが、土の練り具合や成形・乾燥の度合いのチェックなどには、職人の目と手による繊細な調整が欠かせないという。特殊な形状やサイズの瓦は職人の手作業でないとダメなものもあり、いわば淡路瓦は、最新鋭のコンピュータ技術と、人間でないと分からない“勘”や“塩梅”といった職人技を融合させてつくっているという感じだ。

 1枚1枚の瓦が薄茶色に濁った液体のカーテンを通過していく。この液体は「はけ土」といい、微粒子の粘土を水に溶いたもの。はけ土を瓦の表面にかけることによって、よりなめらかに美しく仕上がり、耐久性も向上する。淡路瓦独特の製法なのだそうだ。

 何台も並んでいるコンテナのような巨大な箱が瓦を焼く窯だ。ここで2日間かけて焼成、冷却しているという。1,000℃ぐらいの熱で焼き上げた後、そのままいぶす。これが燻化という作業で、昔は窯に松葉をくべていぶしていたそうだが、今はブタンガスを窯に注入している。こうして淡路瓦が誇るいぶしの輝きが出来上がる。現代のいぶし瓦は最先端のテクノロジーを生かしてつくられている。

 近年はガルバリウム鋼板をはじめとする金属屋根材の台頭により、瓦はシェアを徐々に落としている。南あわじ市内の製造業者でつくる「淡路瓦工業組合」では、耐震性や耐火性、耐久性など、他の屋根材よりも圧倒的に優れている瓦のメリットを打ち出し、多種多様なニーズに応える新製品の開発はもちろん、海外への輸出にも力を入れている。

【取材協力/淡路瓦工業組合】

淡路瓦のレポート記事は

https://setouchiminka.jp/hiraya/book/hiraya.html

2020/09/30
レポート ジャーナル
自然素材の産地を訪ねて。【庵治石】

現代において、かつての日本で行われていたような自然素材を使った家づくりの素晴らしさが見直され、木・石・土などの自然素材を使った家の評価が高まってきている。地元の気候風土の中で育まれた“ふるさとの恵み”を生かした住まいは、
毎日の暮らしに癒しと潤いを与え、健康で快適なものにしてくれる。そして高い耐久性を誇り、いつまでも安全・安心に暮らすこともできる。

豊かな自然の恩恵を受けた天然素材を生かした製品づくりの盛んな街が、この瀬戸内地域に存在しているということを知らないという人は意外にも多い。そこには、古来より受け継がれてきた伝統の技と知恵を一途に守り、未来を見据えながら新しい価値を創造しようと、木・石・土に日々向き合い続ける人たちがいる。「国産木材」「石製品」「日本瓦」。日本でも有数の一大産地に恵まれた瀬戸内地域は、まさに地元の自然素材を使った家づくりに打ってつけの場所であるといえる。

美しい石、眠る半島。

香川県高松市

香川県高松市の東部に、瀬戸内海へひょっこり突き出した小さな半島がある。穏やかな海を借景に豊かな自然が広がる風光明媚な高松市庵治町・牟礼町一帯は、“花こう岩のダイヤモンド”とも称され、最高級石材として名を馳せる「庵治石」の産地。墓石や石灯籠を中心に石材産業の街として古より発展してきた庵治町を訪ね、“いいものをつくる”という信念で日々石と対峙し、作業に汗を流す職人たちの姿を追うとともに、庵治石の現状や今後の展望などについて話を伺った。

磨けば磨くほど美しく輝く、日本を代表する“石の街”。

 香川県高松市庵治町・牟礼町一帯は、花こう岩の日本3大産地の一つに数えられている。その歴史は古く、平安時代の文献にも採掘の記録が残されている。安土桃山時代の京都・石清水八幡宮再建や、江戸時代初期の高松城築城の際などにも庵治石が使われ、現在もそのまま残っている。

 庵治石を採掘する石切場は庵治・牟礼両町にまたがる五剣山にある。「丁場」と呼ばれており、「大丁場」「中丁場」「野山丁場」「庵治地区」の4カ所から指定業者によって掘り出されている。各社が作業を行う場所や採掘量は厳格に管理されており、香川県に認可された計画に基づいて採掘している。庵治石の安定した価格と供給量を保つためだ。それぞれの丁場では、長年の経験により培かわれた目を持つ職人たちが岩盤の層を見極めながら、重機や火薬を用いて石を取り出していく。

 庵治半島には多くの石材加工業者が存在している。墓石をはじめ、灯ろうや室内・玄関の石張り、仏像、各種施設や公園などのモニュメントなど、バラエティーに富んだ多彩な製品を生み出し、関西をはじめ日本全国へと出荷している。各社の敷地内には山から切り出された重厚な石の塊が山積みにされ、穏やかな表情で佇む巨大な石像なども多く置かれている。街を走る道路沿いや瀬戸内海を一望する公園などにはさまざまな形をした彫刻作品が鎮座し、「石の街」ならではの美しいアートな情景を織りなしている。

庵治石の価値を高め、守り続けるのは職人の技あってこそ。

  庵治石はさまざまな工程を経て製品化される。採掘された石を適した大きさに割り、ダイヤモンドの刃で切削。研磨盤を目の粗いものから細かいものへと替えながら丁寧に研磨した後、余分な箇所や手加工がしやすいように切り込む。そこから熟練した職人の手によって加工される。繊細な細工を施し、手作業で磨きムラがないように仕上げ、文字や絵柄などを彫り込んでいく。完成した製品は、入念な最終チェックを経て全国各地へと出荷される。こうした石工の技術は古くからこの地で連綿と受け継がれ、時代の変化に伴ってさらに進化し、磨きぬかれてきた。最高品質と一目置かれる庵治石の価値は、日々石と向き合い続ける職人たちの技とプライドに支えられている。

 墓石や仏像など日本の石材加工品の需要は近年減少しているとはいえ、庵治石のブランドは高品質・高級品としての確固たる地位を守り続けており、大幅な価格下落もないという。だからと言ってその地位に甘んじることなく、各社が切磋琢磨しながら技術向上と新製品開発のための研さんに励んでいる。年齢の若い職人もおり、後継者の育成にも余念がない。

今変わるべきコトと、いつまでも変わらないモノ。

 

 交通・運輸をはじめ、インターネットやSNSなどの発達による世界のグローバル化が進んだことによって、石材製品も海外との取引はもはや当たり前の時代に。日本の石材業界においても中国から輸入される安価な製品がじわじわと台頭してきているそうだ。

 より多くの人たちに庵治石の素晴らしさを知ってもらうべく、庵治町内の石材業者でつくる「協同組合庵治石振興会」では県や市などとも連携しながら各種イベントを開催するなどしてPRに努めている。また、墓石や仏像だけでなく、花瓶や小物、インテリアといった日常生活に身近な新製品づくりも展開。若手職人の発想をカタチにできるよう模索したり、SNSを活用し、“AJI STONE”として世界へ発信している。

 2021年開催予定の東京オリンピックのメーンスタジアム・国立競技場にも庵治石が採用されている。スタンド通路沿いの一画に小ぶりな庵治石を一面に敷き詰めたアート景観スペースだ。同組合では、国内外から訪れる大勢の人たちに庵治石をアピールできる絶好の機会であり、この発想を基に一般住宅などに向けた新しい製品づくりにもつなげていきたいと期待を寄せている。

【取材協力/協同組合庵治石振興会】

庵治石のレポート記事は

https://setouchiminka.jp/hiraya/book/hiraya.html

2020/09/30
レポート ジャーナル
自然素材の産地を訪ねて。【岡山県産木材】

現代において、かつての日本で行われていたような自然素材を使った家づくりの素晴らしさが見直され、木・石・土などの自然素材を使った家の評価が高まってきている。地元の気候風土の中で育まれた“ふるさとの恵み”を生かした住まいは、
毎日の暮らしに癒しと潤いを与え、健康で快適なものにしてくれる。そして高い耐久性を誇り、いつまでも安全・安心に暮らすこともできる。

豊かな自然の恩恵を受けた天然素材を生かした製品づくりの盛んな街が、この瀬戸内地域に存在しているということを知らないという人は意外にも多い。そこには、古来より受け継がれてきた伝統の技と知恵を一途に守り、未来を見据えながら新しい価値を創造しようと、木・石・土に日々向き合い続ける人たちがいる。「国産木材」「石製品」「日本瓦」。日本でも有数の一大産地に恵まれた瀬戸内地域は、まさに地元の自然素材を使った家づくりに打ってつけの場所であるといえる。

森林の恵み、生かす郷。

岡山県真庭市/岡山市

住まいを形づくる重要な素材、「木」。建材となり施主のもとへ届くまでには、職人の手から手へと渡る物語がある。
木と向き合う岡山の匠たちと出会い、木材が誕生する過程を追った。

県産材を次代へつなぐ、知られざる営み。

 県土の約7割を森林が占める岡山県は、素材(丸太)生産量が全国の1.6%を占め、47都道府県中20位。中でもヒノキの素材生産は盛んで、平成24年から28年、平成30年で全国1位を誇る。日本の山は西欧と比べ急峻で、重機も入れにくいため、素材生産者と呼ばれる林業の職人が山に分け入り、チェーンソーや鋸を用いて人力で大木を切り倒す。経験を要する大変な作業だ。伐採後、その場で枝を切り払い、木の特徴に合わせた規定の寸法に切断する「玉切り」をし、「原木」として市場へ搬出。製材所で製品化される。

 こうして木は建材として生かされていくが、木を生かす営みは、伐採したら終わりではない。次の木を植え育てていく。木の生育には長い年月を要する。住宅の柱に使える3.5~4寸(直径約10~12cm)の太さに成長するまでに20~30年。屋根の荷重を受け止める桁として使えるまでにはその3倍はかかるという。その年月の間、職人たちは木が伸び伸びと育つよう、細やかに手をかける。こうして精魂こめて育てられた木は、数十年かけてようやく伐採され、住まいに姿を変えていく。木を伐り再び植えることには、意外な効用もある。木も樹齢を重ねれば、次第に光合成の必要がなくなり、二酸化炭素を吸収しなくなるという。育った木を伐採し、新たな苗木を育てていくサイクルは山を活性化させ、環境を守ることにもつながる。

木に隠された個性を読む男たち。

 伐採された原木が、まず運び込まれる「原木市場」。ここで製材所などの「買方」に販売される。市場では日にちを決めて「せり売り」が行われる。せりとは、木材に対して複数の買方が値段を競い合い、もっとも高値を付けた買方が購入権を得ること。真庭市月田にある原木市場「真庭木材市売」を訪れたこの日は、まさに十日に一度のせりを行う市日。製材所の人々が続々と集まってきた。

 広大な敷地に大量の原木が積まれている木材市場だが、実はすべてが買方のニーズに基づき仕分けられている。長さや太さ、反り具合などから、製材でどんな木材が採れるか、どのように活用できるかまで見極める。市場の人々は、外皮の下の「木の個性」を見極める目を持つ。だからこそ、買方の求めるものをそろえ、需要に的確に応えることができるのだ。

ここは最新情報の発信基地。

 原木のほかに「製品」と呼ばれる製材後の木材も扱う市場には、新製品や木材市場のトレンドなど、さまざまな最新情報が集まる。隔週の市と年に四度の特市イベントを行っている岡山市中区平井にある木材市場「岡山木材市場」では、買方により良いものを購入してもらうため、スタッフが情報を敏感に集め、常に学び、せりの口上に磨きをかけている。イベントではパネルディスカッションなども企画され、市場も買方もともに学ぶ機会を提供している。
「真庭木材市売」も「岡山木材市場」も、せりと聞き思い浮かべるイメージとは異なり、市場と買方のやりとりは朴訥として和やかだ。木を愛し、建てる人に届けたいという共通の思いが、市場全体に満ちあふれている。

一本入魂、妥協なき追求。

 敷地に足を踏み入れた瞬間、森に佇んでいるかのような木の香りに包まれる。ここは真庭市富尾にある製材所「山下木材」だ。
 現在は作業の多くが機械化されているが、木は生き物であり、部位により木目も違えば節の状態も一本一本異なる。一本の原木からどのような部材をどのように取れるかも、一つとして同じではない。木の根元に近い方を元口、梢に近い方を末口といい、住宅の柱として使う場合は元口側を下にする。このため製材前に向きもそろえる必要がある。水分を含んだままの木は乾燥するにつれ変形や収縮を起こすため、製材後は住宅資材に適した含水率まで乾燥させる。人工乾燥の場合、巨大倉庫のような乾燥機を用い、1%単位で含水率の調整が行われる。10~15%に落とした後、倉庫内で期間をおいて周囲になじませ、環境にあった含水率に落ち着かせる。
 こうして完成した木材は、熟練の職人により厳しく検品される。製材機の刃の当たりそこない、木にひそんでいた虫腐れまで見逃さない。質にこだわる情熱に、一切の妥協はない。

木の住まいは生まれ続ける。

 原木から製品へと木が生まれ変わる過程に関わるプロたち。その言葉や仕事ぶりから伝わってくるのは、「山を守り、木を提供し続けたい」という尽きせぬ想いだ。
 製材までの過程にも山を育てることにも、コストと多大な労力がかかる。それでも木を知り、愛する男たちの熱い思いがあればこそ、これからも木材が生み出され、家族を温かく包む木の家が生み出され続けるのだ。

【取材協力/㈱岡山木材市場 真庭木材市売㈱ 山佐産業㈱ 山下木材㈱】

岡山県産木材のレポート記事は

https://setouchiminka.jp/hiraya/book/hiraya.html

2020/09/29
レポート ジャーナル
古民家礼賛。【渡部家住宅】

温暖な風土に育まれながら、人々の生活とともに進化・発展を遂げてきた瀬戸内の民家。古より長い年月を経た現在でも、瀬戸内沿岸の各県には歴史的にも貴重な質の高い古民家が現存している。その数ある古民家の中から、「武家屋敷のような様相を見せる庄屋屋敷」を訪ねた。

渡部家住宅

重要文化財愛媛県松山市

まるで武家屋敷のような、荘厳な佇まいを見せる豪農の家。

愛媛県松山市東部、のどかな田園地帯が広がる東方町に現存する豪農住宅。現在の東温市南方で代々庄屋を務めていた渡部家の三男・長綱が松山藩からの命を受け、この地域の庄屋となって分家したのが始まりで、1866年にこの邸宅を築いた。主屋のほか、長屋門、米蔵、道具蔵、土塀4棟、棟札および3,000㎡の敷地が1970年に国の重要文化財に指定されている。

「渡部家住宅」は、江戸時代から明治時代にかけ庄屋として栄えた豪農の居宅。1866年に建てられた主屋のほか、長屋門、米蔵、土塀などから成る。主屋は木造一部2階建てで、部分改修を重ね、近代の上層農家建築の代表例として姿を残す。主屋玄関を入ると広い土間がある。天井を見上げると、極太の梁が複層のあらわしになっており、訪れた近隣農民に庄屋としての財力と威厳を示すことで、一揆や暴動を企てないようにするのが狙いだったという。

主屋南側の座敷は非日常の空間で、主に松山藩主など上級武士の応接間として使われた。北側の部屋に比べて天井が高いのは、刀を振り上げた際に切っ先が天井に当たらないようにするため。槍やなぎなたなどの武器も常備していた。表座敷横の神前の間には、来賓の護衛が隠れたり、逃亡用の通路として使うための「どんでん返し」がある。一見普通の壁だが押すと後ろに開く仕掛け。

松山藩主などの来賓を迎える華やかな南側の部屋に比べると、家族の居住空間であった北側はシンプルで落ち着いた雰囲気。当主の奥座敷や十二畳の間、台所などが当時の姿のまま現存している。豪華な装飾が施されている一方で、普段は神仏を熱心に信仰し、つつましやかな生活を送っていたようだ。

屋根裏部屋へと続く「隠し階段」も襖の裏に隠されている。屋根裏部屋は敵が襲来した際、小窓から火縄銃で迎え撃つために造られた。

屋敷の周りには堀と水路が張り巡らされ、亀甲型の石垣が隙間なく丁寧に積まれている。所々にハマグリや紅葉の絵が控えめに彫られていたり、ひとつの石だけ扇形になっていたりと、ここにも職人の粋なはからいが見られる。主屋西側には広大な庭があり、松などの木々や置き石のほか、上から見ると「心」という文字に見える「心字池」が心和む風景を織りなす。

【取材協力/一般財団法人重要文化財渡部家住宅保護財団】

渡部家住宅

所在地/愛媛県松山市東方町甲1238
開館時間/日曜日のみ10:00~16:00 入館料/無料
定休日/平日(団体での見学の場合は事前予約で公開可能) ※無料駐車場有 問い合わせ/089-943-8108

渡部家住宅への訪問記事は

https://setouchiminka.jp/hiraya/book/hiraya.html