SETOUCHI MINKA

瀬戸内の匠を訪ねて。~香川県・木工職人~

香川県の最西端・観音寺市郊外で、手作り家具をたったひとりで手がける職人がいる。讃岐山脈のふもと、日本の原風景ともいえる里山の美しい風景を一望する工房で、ハンドメイドのぬくもりあふれる家具作りに励む平口大祐さんを訪ねた。

<取材・写真・文/鎌田 剛史>

オリジナル家具の製作と、故郷でのスローライフを愛する木工職人の流儀。~木工職人/平口 大祐さん~

周りを豊かな自然に囲まれ、静寂に包まれた手作り家具工房。一歩足を踏み入れると、年季の入った工作機械と、ずらりと並んだ木材のかぐわしい香りが迎えてくれる。木工職人の平口大祐さんは、生まれ育ったこの地に根をおろし、たったひとりでオリジナル家具を作り続けている。

時間を惜しまぬ製作。正しき職人像がここに。

香川県観音寺市の南部、讃岐山脈を望む小さな集落を抜け、四国八十八ヶ所霊場の第66番札所「雲辺寺」へと続く細い遍路道を進むと、青々とした自然の中に真っ白なコンクリートの巨大建造物が見えてくる。雲辺寺山に源を発する粟井川をせき止める「粟井ダム」だ。近頃、全国的に人気を集めているダムカードをもらいに遠路はるばる来たのだろうか。前を走っていた関東ナンバーの車が、案内標識に従ってダムの方へと曲がった。山道を登っていく車を横目にその反対方向へとハンドルを切ると、2階建ての白いプレハブが現れる。手作りのオリジナル家具を製造する「ボタン木工所」だ。

工房の入口まで歩を進めると、たくさんの猫が愛らしい鳴き声で足元にすり寄ってきた。「今ここにすんでいる猫は9匹ぐらいかな。みんな可愛いでしょ」。甘える猫を抱きかかえ、優しく撫でながらオーナーの平口大祐さんが出迎えてくれた。

平口さんは今から12年前、生まれ育ったここ粟井町奥谷地区に家具の工房を構えた。「専門学校を出て、建築会社の施工管理に就いたんですが、仕事の内容が自分の性分に合わなくて。自らの手で物を作る現場仕事の方が向いているなと。その後は建具店に弟子入りし、木材製品の加工や組み立ての仕事を学びました」。休日には木製の古い家具や道具を安く買ってきては分解して構造を見たり、リメイクしたりして自身のスキルを磨いたという。「ふっと思ったんです。時代とともに衰退の一途をたどっている建具屋の仕事をこのまま続けていていいのかと。何か自分で始めたいという気持ちが強くなったんです」。

平口大祐さん。木を使った住まいや暮らしを総合的にプロデュース。お客様とのふれあいを大切にしながら、より良い製品づくりを追求している。

四国八十八ヶ所・第66番札所「雲辺寺」へと続く遍路道の途中に「Botan」の小さな看板がひょっこりと現れる。

ショールーム入口に掲げている看板も手作り感いっぱい。マスコットキャラクターのクマが彫られた看板は、なんと平口さんが通っていた小学校で使われていた机の天板を使っている。クマは、平口さんの友人のデザイナー・イワサトミキさんがデザインし、彫刻刀で彫ったもの。

敷地内にはたくさんの猫がすんでおり、訪れる人達を愛らしい仕草で出迎えてくれる。寒風吹きすさぶこの日、猫達はカゴの中で身を寄せ合いながら「猫だんご」をつくっていた。

抱き続けた想いが結実。工房まるごとミュージアム。

平口さんが一念発起し、木工所を立ち上げたのが30歳の時。両親をはじめ周囲には「うまくいくわけがない」と猛反対された。「まあ、なんとかやっていけるだろうと思って(笑)」。だが、あてにしていた開業資金の融資が受けられず、前途多難な船出となったものの、幸運にも知人の援助により、木材加工に必要な機械をなんとか購入。十分な設備もないまま、頼りなくスタートを切った。「ある程度覚悟はしてましたが、最初はまったく注文が入ってこなくて。じっと待っていても仕方ないので、それまで好きでやっていた古家具の再生・リメイクをずっとやってましたね。それを販売していたんですけど、なかなか順調には売れなくてねぇ(笑)」。

そんな折、ケーキショップに勤めるひとりの女性と知り合った。妻・香織さんだ。「彼女の夢が自分でカフェを開くことだと聞いて。『じゃあ、自分のところでカフェをしてみたら』って提案したんです。テーブルや椅子や、必要なものは大体私が作れるし。工房に使っていないスペースもあったので」。

ほどなくふたりは結婚。平口さんが手がけた小さなカフェを工房に併設する形でオープンした。香織さんの作る美味しいケーキはもちろん、山奥に佇むレトロでオシャレな店内がまたたく間に評判を集め、多くのカップルや女性が訪れる人気店に。それとともに、平口さんが作る家具も口コミなどで広まり、徐々に問い合わせが寄せられるようになった。「自分が理想とする形でやっと仕事ができるようになったかなと。今ではそう思いますね」。

見た目はいたってシンプルだが、木材本来の美しさを生かし、機能性と耐久性にも優れた平口さんの手作り家具。そのファンは着実に増えている。家具は完全オーダーが基本。お客様としっかり対話し、家具を置く部屋の間取りや寸法、雰囲気、色などをしっかりヒアリングした上で、その人の心を満たす家具を丹精こめて製作している。「納品までの期間は1~3ヵ月。どんな風にするか考えるのが7割、製作に3割といった感じですかね」。

プレハブ2階建ての自宅兼工房は、元々すぐ南側にある「粟井ダム」の建設事務所だった。ダム完成後は取り壊される予定だったが、平口さんが工房を構えるために購入した。

家具の材料として使う木材は、主にナラ、タモ、ウォールナット。家具の部材によって使いわけるとともに、お客様が家具を置く部屋の雰囲気や色味に合わせながら選定する。

工房内の建具やインテリア、内装などはすべて平口さんのお手製。古道具を買い集めては修繕・カスタマイズし、木のぬくもりあふれる空間をコツコツとつくり上げた。訪れた人をノスタルジックな癒しのひと時へと誘う。

物語を紡ぐように、家具づくりは「一品入魂」。

平口さんが手がける家具は、ナラ、タモ、ウォールナットなど、町の材木店で普通に手に入る木材を使うのが基本だ。材料の費用を少しでも抑え、確かな品質と高いデザイン性を織り込んだ製品を、お客様に安心価格で提供することを大切にしている。「その人の日常に、いかに自然に溶け込むかが大事。日々過ごす空間の中で主張しすぎてはだめだし、もちろん丈夫で使いやすくなくてはいけない。そこにもっとも気を使います。数ある家具の中から選んでいただいたわけですから、お客様はもちろん、自分も納得できる渾身の作品をお届けしないと」と言葉に力を込める。

四国の小さな町でひとりの職人が作り上げるこだわり家具の存在は、じわじわと全国にも知れ渡っている。「フェイスブック」や「インスタグラム」などのSNSを通じ、県内のみならず東京などからも注文・問い合わせが増えているそうだ。

古きよき小学校の木造校舎を思わせるショールームには、平口さんが製作したテーブルや椅子、ガラス棚をはじめ、まな板や鍋敷き、小物入れといった日用品が展示されている。

いい家具を作り続けたい。ここで、のらりくらりと。

だが、そんなうれしい状況を迎えているにもかかわらず、平口さんの物づくりに対するスタンスとこだわりは、開業当時とまったく変わっていない。「多くの人に私の家具がいいと言ってもらえて、とても有難いです。ですが、すべてひとりでやっているので、受けられる注文の数にどうしても限界があります。そこで無理して引き受けたなら、自分が納得できる品質のものがきっと作れなくなってしまう。それだけはどうしても許せないので。対応できそうにない時は『半年後、気が変わっていなかったらもう一度連絡ください』とお願いしています。本当に申し訳ないんですけどねぇ」。

アイデアが出ない時や、方向性を見失いそうになった時、決まって思い出すことがあるという。それは独立して初めて手がけた大きな仕事。幼馴染が新築する家のすべての建具・家具の製作だ。「その友人は私の独立を応援してくれたこともあり、がぜん気合いを入れて作りました。デザインなどすべておまかせだったので相当考えて。未熟ながらも一生懸命やりましたよ。友人にもすごく喜んでもらえて。その仕事が、私の職人としての原点みたいなもの。作ったものすべてが、若さならではの勢いやがむしゃらさがむき出しで。今あらためて見ると、なんともいえない良さも感じます。物づくりを続けていく上で、駆け出しの時のスピリットはずっと忘れちゃいけないなと。でも、できるなら改めてやり直したい部分もあるんですけどね(笑)」。

平口さんが「作るのが一番難しい」と唸る椅子もさまざまなタイプが並ぶ。お客様から寄せられた意見を反映し、背もたれや座部のサイズ、形状を改善している。

使うのが楽しくなる木製の日用品も人気。

愛犬のもちこと過ごす穏やかな時間の中で、日々製作に勤しんでいる。

愛するパートナーと、猫と、犬と。好きな環境、好きな仕事で暮らす至福。

これからの夢を尋ねたところ「夢はもう叶いました」ときっぱり。自分の根城で、自分のペースで、自分の好きな家具製作にとことん打ち込める。そんな今の環境こそ、平口さんがずっと思い描いてきた夢だったという。「これからも今のままで、今の暮らしを続けていくことかなぁ」と目を細める。

ただ、「よりよい家具とはどんなものなのかを追求することは、ずっと忘れないでいたい」とも。その一環として、自身が考案・製作した家具は必ずカフェで使うようにしているのだとか。お客様や香織さんに使用感やデザインについて率直な意見を聞き、寄せられた声を次の作品づくりに生かしている。家具やインテリアに関する新しい情報を得るため、毎日関連する書籍を読んだり、インターネットで話題を探したりと、知識習得と技術向上にも余念がない。

「あとはね、しっかり家事をするようにしています。洗濯や掃除、料理をしていると、使っている家具や道具の改善すべきところが見えてくるんですよ。リアルに体感しないと、どういったデザイン・形がベストなのかがわかりませんからね。そこから作品づくりのヒントを得ることも多々あります」。

カフェから香織さんが熱いコーヒーを運んできてくれた。ふたりは見ている側までほっこりしてしまう仲良し夫婦だ。「家事は仕事にはもちろん、夫婦円満にもつながって、一石二鳥でしょ?」と、平口さんは茶目っ気たっぷりに笑った。

妻の香織さんが切り盛りするカフェ。山奥の隠れ家的な店としてカップルや若い女性に人気。素朴な里山の風景を眺めながら、美味しいコーヒーと手作りケーキを楽しめる。

店内のテーブルや椅子、ディスプレイをはじめ、内装はすべて平口さんの手によるもの。小物などのオリジナルグッズも販売している。

平口さんと妻の香織さん(中)、カフェスタッフの小西優子さん(左)。のんびりとマイペースに、ここで自分の好きなことを続けていきたいと口をそろえる。

取材協力/ボタン木工所・おかし工房 Botan

香川県観音寺市粟井町4190-4
☎0875-27-8478
http://www.botan-life.com

※文章の内容、写真は2018年の取材当時のものです。

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