SETOUCHI MINKA

瀬戸内の伝統工芸士を訪ねて。~香川県・庵治産地 石製品~

木、草、土、石といった自然素材を高度な技術で加工した伝統工芸品は、はるか昔より日本人の生活や文化を支え続けてきた。人間の磨き抜かれた手から生み出される品々の繊細さと美しさは、日本が世界に誇れるもののひとつ。香川県にもさまざまな伝統工芸が今も残っており、先人たちが生み出し発展させてきた技法を一途に守りながら、研さんを重ね続ける匠たちがいる。古来より受け継がれてきた技や文化を、後世に残し伝えるという役割と責任を担いながら日々精進し続けている瀬戸内の伝統工芸士の仕事ぶりを拝見。伝統技術の保存と継承や、現代の暮らしへと融合させる工夫、そして、一貫して情熱を注ぎ続けるもの作りへの思いを伺った。

<取材・写真・文/鎌田 剛史>

庵治産地 石製品(香川県伝統的工芸品)/森岡 量基さん

磨けば磨くほど美しい艶に。日本を代表する御影石。

高松市牟礼町・庵治町一帯は、花こう岩の日本3大産地の一つに数えられている。この地域で採れる石は水晶と同等の固さを誇り、“斑が浮く”と表現される、ぼかしのようなまだら模様の美しい石肌が特徴。「庵治石」の名で全国に知れ渡っており、墓石をはじめ、灯ろうや室内・玄関の石張りなど多彩な製品が全国へ送り出されている。その歴史は古く、安土桃山時代の京都・石清水八幡宮再建や、江戸時代初期の高松城築城などにも庵治石が使われ、現在も残っている。

多くの石材加工業者が軒を連ねる庵治町の石工団地を歩いていると、愛らしい表情でポーズを取る地蔵や、巨大な菩薩の石像が目に入った。奥にある工場では、一人の男性が静かに薪をくべながら焚火で暖を取っている。

森岡量基さんは72歳。町内では石の彫刻を生業とする数少ない石彫工だ。「この地域の石屋のほとんどはお墓の製造がメインやけど、ボクは墓石よりもはるかに高い技術と手間を必要とする石の彫刻一本でずっとやって来た」と胸を張る。

森岡さんは15歳で牟礼町の石彫工に師事。すぐに石の魅力に取りつかれたという。「親方の技術には驚いたね。ただの石をこんなに美しい石像に変えられるのかと感動した。やればやるほど、彫刻が好きになっていった」。

弟子入りから4年後に独立。現在の工房を構え、約60年にわたって全国の寺院・神社などからの注文を引き受け、たったひとりで石像やモニュメントの製作に没頭してきた。地元産以外の石を使うこともあるそうだが、石像彫刻にはやはり庵治石がベストだという。「神仏像を彫る時には繊細に刻む箇所が多いけど、庵治石は硬いから細く削っても折れない。自分が思うように表現できるし、何と言っても色艶ともに美しいから」。

森岡さんは屋外に鎮座する数々の作品へと案内してくれた。足を重たそうに引きずっている。「作業中1㌧の石の下敷きになって。脊髄を損傷し両足は痺れたまま。最近は歳のせいか手の震えも出てきて細かい作業も辛くなった。そろそろボクも潮時かもしれないな」とポツリ、つぶやいた。

石像の命ともいえるのがその表情。光の陰影により見る方向ごとに違った印象になるから不思議だ。にこやかに微笑む地蔵を見ていると心が和む。やわらかく繊細な表現ができるのも庵治石の魅力だ。

石と向き合い“会話”して、納得できる作品を未来へ。

森岡さんは常に“石と会話する”ことを大切にしている。「それぞれの石には最初からなるべき姿がある。ボクはその姿になるように削っていくだけ。削りすぎても、残しすぎてもダメ。ノミを充てると石の声が聞こえてくるんだよ。『もっとこういう風に彫れ』といった具合にね。石と話せるまで40年もかかったけど(笑)」。

近年は石の需要も下降、神社仏閣をはじめ、一般住宅や商店などからの製作依頼もめっきり減ったと嘆く。だが、自分を必要としてくれる人がいる限り、渾身の力を込めて彫り続けると意気軒高だ。カラオケやゴルフ、野球をモチーフとしたユニークな地蔵や、可愛らしい動物など、伝統技法を守りつつ現代感覚を織り込んだ新しい作品づくりにも励んでいる。

家や商店の玄関などに置ける小ぶりな石像の数々も。「カエルが6匹で”むかえる”、3匹で”栄える”」など、縁起やゲン担ぎの意味を持つモチーフの製品も多い。

庵治町・石工団地内にある工房で黙々と作業する。今は1日の製作時間は半日ほど。「後は焚火してるよ」と森岡さんは笑う。

石像の大きさはさまざまで製作期間も異なる。これまでで最大のものは高さ7mの仏像。完成までに1年半を要したそう。

「石はずっと残る。自分が納得できないものを作って世に出せば、それが何百年も残ってしまうという怖さを常に持っている。だから、どうやってもイメージ通りに仕上がらない時は、作業途中でも容赦なく叩き壊すよ。自分がいなくなった後でも、後世の人々を癒し、メッセージを感じてもらえる作品づくりに、これからもこだわっていきたい」と、森岡さんは焚火の炎をじっと見つめながら唇をかみしめた。

森岡 量基

香川県伝統工芸士。庵治石を使った彫刻にこだわり、神仏の石像や一般住宅・商店に飾る縁起物の置物製作に注力。県内の公園や公共施設のモニュメントも多数手掛けている。焚火をしながら静かにイメージを膨らませるのが日課だとか。

森岡量基

香川県高松市庵治町6388-59
☎087-871-4140

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